「建通新聞コラム・遊歩道」
臼井もも世
(2001年10月)

第1回  映画館

  映画好きは世にごまんといるが、その中にチラホラと映画館好きという輩が存在する。私もその1人だ。
  それぞれにクセのある椅子、照明が落ちる瞬間の、異世界へ引き込まれるような緊張感。暗闇でスクリーンと真っ直ぐ向かい合っていると、やはり映画は映画館で観るもんだと思う。自分で行くならあまり大きくない所が良い。古く、趣があればなお有難い。
  人生のうち10数ヶ月を過ごしたウィーンに、思い出深い映画館がある。1つは、まだあまり街に詳しくなかった頃友達が付添ってくれた「スタア」。夜更けの雨の中たどり着いたのは、材木やペンキの缶が床に転がる、空店舗か物置かといった場所だった。片隅に置かれていた古い映写機で、そこが目的地だと分かった程だったが、奥の映画館は意外に広く、私はなぜか1列だけ離れた椅子に文字通り体を埋めて、「時計じかけのオレンジ」を観た。あの夜はなんだか全てが不思議で、夢の中の出来事だったんじゃないかと今でも思う。
  もう1つはオーストリア映画博物館の中にある、「目には見えない映画館」。ここには小津やキートンの特集を観に、毎晩のように通った。18世紀半ばに建てられた建物の中で、例えばサイレントを観、オレンジ色の街灯に浮かぶ国立オペラ座を見上げ、雪が舞う中、家路につく。なんともゼイタクなひとときであった。心に残るのは観た映画だけじゃない。私はウィーンでそのことに気付いた。
  翻って我が故郷・横浜。
  馬車道の東宝会館が11月で閉館することを先日知った。施設の老朽化に加え、MM21地区にできた外資系の大型シネコン(複合型映画館)に押されて集客力が弱まったことが原因らしい。跡地にはホテルが計画されているという。ここ数年で伊勢佐木町の映画館が相次いで消えている。いずれも私に映画というものを教えてくれた場所だった。故郷から自分の居場所がなくなってゆく。ただただ悔しい。


第2回  物への想い

  江戸の街に憧れている。
  その理由のひとつが、江戸が当時世界一の人口を有した大都市であると同時に、徹底したリサイクル都市であったことだ。穴のあいた鍋や欠けた茶碗などは、それぞれ専門の修理屋さんに直してもらい大事にしたとか、木片もボロ布も鉄屑も果ては人間の排泄物までも、利用できる物は全て有効に使われていた等々、そうした話を知る度に「そんな街に暮らせたらなぁ」と思うようになった。物やゴミや環境に対して関心が増した。
  オーストリアでのホームステイで、人々の倹しく朗らかな暮らしぶりに感銘を受けた。物を大切にする気持ちを、彼らは先天的に持っていた。祖母と母が戦火の中を守り抜いた食器を大事そうに手にする人。その目は、今の日本で「お宝」に向けられる俗な眼差しでは決してない。ゴミの分別もリサイクル精神と仕組みがうまく調和していて無理がない。古紙、缶、プラスチック、透明なビン、色付のビン、生ゴミ、その他とゴミ捨て場にはそれぞれコンテナが用意されており、靴や古着のリサイクル箱が街角に置かれていたりもする。いつでも好きな時にコンテナに入れておけばいい。又こうして分けるとただのゴミというものが本当に少ないのに驚かされる。
  以来、自分のできることはやるように努めている。事務所で大量に出る紙ゴミは、まず廃図としてできる限り裏面も使い、産廃処理業者にリサイクルをお願いしている。市が分別している缶ビンと子供会が集める古新聞・ダンボールの他に、クリーニングのハンガーは店に返し、牛乳パック・食品トレー・ペットボトルは近くのスーパーへ。エコバッグを持ち歩く等できることは意外と多く、意外と楽だ。少しでも江戸の人々に近づけたらと思いつつ、今日も。


第3回  スタジアムの空

  横浜スタジアムが好きだ。ホエールズ時代からのファンだから、というわけではない。現に今シーズンはベイファンを休業し応援もしなかったが、スタジアムに行くのは嬉しかった。開場と同時に入り、練習を眺める至福のひととき。デーゲームなら暖かい日差しの中でピクニック気分、ナイターなら浜風を感じながら刻々と変わってゆく空の色を堪能する。
  スタジアムには試合そのもの以外にたくさんの思い出があり、それも空にまつわることが多い。昨年の組合のソフトボール大会の時、グラウンドから見上げた、雨雲を押しのけながら広がっていった金色の夕焼け。日本シリーズのチケットを手に入れようと、暗いうちから延々と座り続けた1塁側スタンドの最上段。あの時の何とも言えない静けさとミルク色した夜明け。横浜港での花火大会の日、次から次へと飛び出す相手チームのホームランを祝うがごとく夜空に咲いた打ち上げ花火。度肝を抜かれた場外ホームランは、夜空をバックにその白い姿を見せつけた後、そのままどこかへ消えてしまった。スタジアムの空は、グラウンドやスタンドと一体となった空間なのだ。
  今、横浜スタジアムのドーム化を求める声もあるが、私は反対する。冷たい風雨にジャマされることもあるけれど、そこに屋根がないからこそ味わえる喜び・楽しみの方が何倍も大きい。同じお金を使うなら、総天然芝で開放的な日本一魅力のあるボールパークとなっておくれ(第一、屋根があったら大杉は月に向かって打てないじゃないか)。